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横浜地方裁判所 昭和46年(ワ)908号 判決 1972年9月21日

主文

被告酒川喜代造は原告に対して金四四五、六六一円及び内金四二五、六六一円に対する昭和四六年六月二九日から支払済迄年五分の割合による金員を支払え。

被告車栄子は原告に対し金四三九、六四一円及び内金四一九、六四一円に対する同日から支払済迄同割合による金員を支払え。

原告その余の請求はいずれも之を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一、二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告酒川喜代造(被告酒川という)は原告に対し金三、六八四、一四一円と内金三、三八四、一四一円に対する昭和四六年六月二九日から支払済迄年五分の割合による金員を付加して支払え。被告車栄子(被告栄子という)は原告に対し金三、六五四、〇四一円と内金三、三五四、〇四一円に対する同日から支払済迄同割合による金員を付加して支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一  事故の発生とこれによる原告の受傷

1  発生時 昭和四三年一二年六日午後六時一〇分頃

2  発生地 横浜市中区新山下町一丁目一番地先路上

3  加害車(被告車という)普通乗用自動車 登録番号横浜五ろ四八二号、運転者被告酒川、保有者被告栄子

4  態様 前記日時、被告車は小港方面から山下橋方面に向けて進行中、前記場所において自転車にのつて横断歩道を道路左側から右側に横断中の原告に被告車左側を接触させてこれをはねとばした。

5  受傷の状態と治療経過

(一)  傷病名 腰部打撲症、左仙寛関節解離症、右足背打撲症(脊椎分離症、潜在性脊椎披裂)

(二)  治療経過

(1) 自昭和四三年一二月六日至同四四年三月二六日(一一一日間)横浜市中区本牧町一丁目八九番地所在村山病院に入院。

この間、自昭和四三年一二月六日至同四四年一月三一日(五七日間)、歩行不能、絶対安静を要したため附添看護を要した。

(2) 自昭和四四年三月二七日至同年九月二日(一六〇日間、内治療実日数一二二日)同病院に通院。

右の結果、腰部より右下腿に放散する頑固な神経痛様疼痛の後遺症があり、労働者災害補償保険(労災保険という)級別によれば一二級一二号と診断された。

(3) 昭和四四年五月二七日及び同月二八日(二日間)横浜市中区新山下町三丁目六番地七所在横浜市立港湾病院へ通院。

(4) 自昭和四四年九月四日至同年一〇月七日(三四日間、内治療実日数二一日)横浜市中区北方町一丁目八〇番地所在平賀治療院へ通院、灸による治療。

(5) 自昭和四五年二月三日至同年一〇月一七日(二五七日間、内治療実日数八日)横浜市神奈川区富家町五五番地所在済生会神奈川県病院へ通院。

右病院では脊椎分離症、潜在性脊椎披裂により軟性コルセツトの装用が必要と診断された。

(6) 右のとおり、原告は病院を転々としたが、症状ははかばかしくなく、結局、治ゆは困難であるから薬を使用して気長に回復させる以外はないという診断であつたため、以後はコルセツト(昭和四五年末まで使用)と漢方薬を併用しつつ現在に至つている。

二  被告らの責任

1  被告酒川は、被告車運転にさいしては、前方左右をよく注視し、進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り本件交通事故を発生せしめたものであるから民法第七〇九条により後記損害を賠償すべき義務がある。

2  被告栄子は、被告車を所有し被告酒川に一時貸与したものであつて、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害保障法(自賠法という)第三条により後記損害)但し、自転車代、眼鏡代を除く)を賠償すべき義務がある。

三  損害

1  治療費関係 金二二六、三一〇円

(一)  村山病院分 治療費は金五〇七、一三〇円であるが、この内金三三三、九七一円については自動車強制保険の給付金により支払つたので残額の金一七三、一五九円が未払であり、原告は同額の損害を被つている。

(なお、附添看護料金六六、〇二九円は右の保険給付金により支払済である。)

(二)  港湾病院分 金五、四四一円

(三)  平賀治療院分 金一四、七〇〇円

(四)  済生会病院分 治療費は国民健康保険によつたが、原告の自己負担分は金二、二一〇円である。

このほか、軟性コルセツト代金として金八、〇〇〇円を出捐した。

(五)  薬代 金二二、八〇〇円

2  治療に伴う諸雑費 金六〇、三四〇円

(一)  入院中の諸雑費

原告は前記のとおり一一一日間入院したが、この間諸雑費として一日当り金二〇〇円を必要とした。よつてこの費用は合計金二二、二〇〇円となる。

(二)  通院交通費 金三八、一四〇円

(1) 村山病院、一二二日間金三一、七二〇円(タクシー一往復金二六〇円)

(2) 平賀治療院、二一日間金五、四六〇円(タクシー一往復金二六〇円)

(3) 済生会病院、八日間金九六〇円(バス、電車各々一往復金一二〇円)

3  休業損 金五〇八、八〇〇円

原告は本件交通事故のため、昭和四三年一二月六日より同四五年三月末までの一五ケ月余休業を余儀なくされた。ところで、原告は漁業を営んでおり、昭和四四年の一年間において金四〇七、〇四六円の収入を得ていた。

従つて、休業損害は合計金五〇八、八〇〇円となる。

4  後遺症による収入の損失 金九〇八、五九一円

(一)  原告の年収は、右のとおり金四〇七、〇四六円である。

(二)  原告の後遺症は、前述のとおり労災保険級別一二級一二号に該当するから労働能力喪失率は一四パーセントである。

(三)  原告は、昭和七年八月三日生れの健康な男子であつたから、昭和四五年一〇月当時(原告の年令満三八年)の就労可能年数は二五年間である。

(四)  年利五パーセントの中間利息を控除した右二五年間に対するホフマン係数は一五・九四四である。

(五)  喪失額は金九〇八、五九一円(円未満は切捨)である。

金407,046円×0.14×15.944=金908,591円(円以下切捨)

5  慰藉料 金一、七〇〇、〇〇〇円

原告は、本件交通事故によつて入院並びに通院二年一〇ケ月、休業期間一年三ケ月を要するという重大な傷害を被り、その上事故後二年半を経過する今日においても腰部から右下腿にかけて頑固な痛みが残るという後遺症になやまされている。これらの原告の苦痛は筆舌につくし難く、これを慰藉するには、入院一ケ月につき金一〇〇、〇〇〇円、通院一ケ月につき金五〇、〇〇〇円として金計金七〇〇、〇〇〇円、後遺症の分として金一、〇〇〇、〇〇〇円以上総計金一、七〇〇、〇〇〇円が相当である。

6  その他の損害 金三八〇、一〇〇円

(一)  自転車代 金二四、〇〇〇円

原告が本件交通事故当時使用していた自転車は、昭和四三年七月一五日に購入したばかりの新車であつたが、これが破損して使用不能となつた。

(二)  眼鏡代 金六、一〇〇円

原告の使用していた眼鏡は本件交通事故によつて破損し使用不能となつたので、金六、一〇〇円であらたに購入した。

(三)  弁護士費用 金三五〇、〇〇〇円

原告は、本件訴訟を提起するにあたり、弁護士に訴訟を委任したが、その費用は着手金五〇、〇〇〇円(昭和四五年二月二六日支払済)、成功報酬金三〇〇、〇〇〇円の合計金三五〇、〇〇〇円であつて、該弁護士費用は、本件交通事故と相当因果関係のある原告の損害である。

四  結論

よつて、本件交通事故によつて原告の被つた損害は合計金三、七八四、一四一円となるが、このうち、原告は自動車強制保険の給付金として金一〇〇、〇〇〇円の給付を受けたので、これを右損害の内負傷に伴う損害の内入れ弁済として充当した。従つて、現在原告の被つている未回復の損害は金三、六八四、一四一円となる。

そして、被告らは右損害金三、六八四、一四一円の内前項6(一)(二)の物損に関する損害金三〇、一〇〇円を除き金三、六五四、〇四一円については、原告に対して連帯して弁済の責任に任ずるものである。

その他、被告酒川は右物損に関する損害金三〇、一〇〇円を原告に弁済しなければならないので、結局被告酒川は、金三、六八四、一四一円を、被告栄子は金三、六五四、〇四一円をそれぞれ原告に支払う義務を負うものである。ところが、弁護士費用の内報酬金三〇〇、〇〇〇円は将来原告が支払うものであるのでこれを除き、被告酒川について金三、三八四、一四一円、被告栄子について金三、三五四、〇四一円に対して損害賠償義務発生後の本件訴状送達の日である昭和四六年六月二九日から支払済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだものである。

立証として、〔証拠略〕を援用した。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、その主張の日時場所において、被告酒川の運転する被告車(保有者被告栄子)が原告の乗つた自転車に接触したこと、原告の被つた傷病名、村山病院への入院通院の事実(一、5(二)(1)(2)但し、後遺症関係を除く)村山病院の治療費中自動車強制保険から金三三三、九七一円の給付があつたこと(附添看護料の保険金給付があつたこと。)、同保険から金一〇〇、〇〇〇円の給付があつたことはこれを認めるがその余はすべて争うと述べた。

一  被告酒川の無過失

被告酒川は被告車を運転し、山下橋方面から本牧小港方面に通ずる道路を山下橋方面に向けて時速三五粁位で進行中、この道路に交差する左側脇道から飲酒した原告が自転車に乗つて進入し、被告車と併進中、何等の合図もなく急に右折したため、被告酒川はハンドルを右に切り急ブレーキをかけたが、原告の乗つた自転車が被告車の左側側面に接触した。そのため、被告車の左側サイドミラーが破損しその附近から左側ドアーにかけて擦過痕を残し、原告は自転車と共にその付近に倒れたものである。

従つて、本件交通事故は飲酒の上左右の安全を確かめないで急に右折した原告の不注意に基くものであつて、被告酒川には過失がない。

二  免責の抗弁

右のとおり、本件交通事故については被告酒川に過失がなく原告に過失があつたこと、被告車の構造上の欠陥、機能の障害はいずれも存在しないのであるから自賠法第三条但書により免責を主張する。〔証拠関係略〕

理由

一  原告主張の日時、場所において、被告酒川の運転する被告車と原告の乗つた自転車が接触し、原告が腰部打撲症、左仙寛関節解離症、右足背打撲症(脊椎分離症、潜在性脊椎披裂)の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  被告酒川の過失

1  〔証拠略〕によると、被告酒川は被告車を運転して、本牧小港方面から山下橋方面に向つて時速三五ないし三六粁でセンクーライン寄りを進行し、本件交差点にさしかかつたところ、同方向に進行していた原告が、九・八米位左斜前方で、左右の安全を確めず、かつ、右折の合図もしないで、自転車に乗つて片足を路面につきながら横断歩道を左から右に横断しようとしているのを認めたが、警音器も鳴らさず、又直ちにブレーキをかけることもなくそのまま五、六米進行し、被告車と原告との距離が五、六米まで接近してはじめて危険を感じ、急ブレーキをかけ、かつ、右にハンドルを切つて衝突を避けようとしたが間に合わず接触したことが認められ、右の認定に反する原告及び被告酒川本人尋問の各結果は採用しない。

2  自動車運転者たる者は、右認定事実のように、九・八米斜前方に被告車の接近につきその安全を確めず、片足を路面につきながら自転車に乗つて左から右に道路を横断しようとしている原告を認めた場合には、直ちに、警音器を鳴らしてこれに警告を与え、かつ、ブレーキをかけて以て衝突を未然に避ける注意義務があるものと言うべきである。しかるに、前記認定事実によると、被告酒川は右の注意義務を怠り、原告を認めた後も更に五、六米進行してはじめて危険を感じ急ブレーキをかけハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたが間に合わなかつたというのであるから、これに過失のあること明白である。

三  被告らの責任

1  被告酒川の責任

被告酒川は、前記のとおり被告車運転上の過失によつて本件交通事故を惹起し、原告に後記損害を与えたものであるから、民法第七〇九条によりこれが賠償の責に任じなければならない。

2  被告栄子が被告車を保有していることは当事者間に争いがない。しかして被告酒川に運転上の過失があつたことは前述のとおりであるから、その余の免責の抗弁について判断をするまでもなく、自賠法第三条により自転車代、眼鏡代を除いた原告の後記損害を賠償する責に任じなければならない。

四  損害

1  治療関係費

〔証拠略〕によると、原告主張の内容で合計金二二六、三一〇円を支出したことが認められる。

2  治療に伴う諸雑費

(一)  入院雑費

〔証拠略〕によると原告は一一一日間入院したことが認められる。入院一日当りの雑費を金二〇〇円とすると入院雑費の合計は金二二、二〇〇円となる。

(二)  通院交通費

原告本人尋問の結果によると、原告は通院交通費として少くとも金三八、一四〇円支出したことが認められる。

3  休業損

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件交通事故のため昭和四三年一二月六日より同四五年三月末日までの約一五ケ月間休業を余儀なくされたこと、原告は事故前、海苔、鰻、わかめ、浅蜊、その他釣等の漁業を営んでおり昭和四三年中の総所得金額は四〇七、〇四六円であつたことが認められる。そうすると、原告の休業損の合計は金五〇八、八〇〇円となる。

4  労働能力喪失による得べかりし利益

〔証拠略〕によると、原告の後遺症内容は、その主張のとおり腰部より右下腿に放散する頑固な神経痛様疼痛があり、労災保険級別一二級一二号に該当することが認められる。従つて、原告の労働能力喪失率は一四パーセントと解するのが相当である。

而して、前記認定のとおり原告の年収を金四〇七、〇四六円、労働能力喪失に対する補償期間を一〇年としてホフマン式計算による現価を算出すると金四五二、七五七円(円以下切捨)となる。

金407,046円×0.14×7.945(10年に対するホフマン計算による係数)=金452,757円(円以下切捨)

5  慰藉料

本件交通事故の原因、態様、原告受傷の部位、程度、治療経過、後遺障害その他諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料の額は金一、一〇〇、〇〇〇円が相当である。

6  自転車代

〔証拠略〕によると本件交通事故当時使用していた自転車は昭和四三年七月一五日に購入した新車であつたが、本件交通事故によつて全壊し使用不能となつたので、右自転車の価格に相当する金二四、〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

7  眼鏡代

〔証拠略〕によると、原告の使用していた眼鏡は、本件交通事故によつて破損したので金六、一〇〇円であらたに購入したことが認められる。

8  過失相殺

前記認定事実によると、原告は本件横断歩道を左から右に横断するにあたり、道路の左右の安全を確かめないで、また右折の合図もしないで、自転車に乗つて片足を路面につきながら漫然と横断したというのであるから、これに過失のあること明白である。よつて、原告と被告酒川の過失を対比しその割合を判断すると、原告八割、被告酒川二割と解するのが相当である。よつて、その損害額から八割を控除する。

9  損益相殺

原告が自動車強制保険から金一〇〇、〇〇〇円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。

10  弁護士費用

本件訴訟の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌すると、弁護士費用は着手金五〇、〇〇〇円、成功報酬金二〇、〇〇〇円合計金七〇、〇〇〇円が相当である。

五  よつて、被告酒川は原告に対して金四四五、六六一円(円以下切捨)及び内金四二五、六六一円については損害賠償義務発生後の本件訴状送達の日である昭和四六年六月二九日から支払済迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。また、被告栄子は金四三九、六四一円(円以下切捨)及び内金四一九、六四一円については同日から支払済迄同割合による遅延損害金を支払わなければならない。従つて、原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容することとし、その余は失当として棄却する。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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